1、富岡八幡宮の建物について
富岡八幡宮は、その荘厳な本殿が神社の歴史と格式を象徴する建物です。
富岡八幡宮の御祭神は応神天皇で、八幡神とも呼ばれています。神社の本殿は、朱色や緑色が鮮やかに映え、御祭神である応神天皇をはじめとする8柱の神々(神功皇后、仁徳天皇、天照大神、武内宿禰、日本武尊、天児屋命、竈大神、常磐社神)が祀られる格式の高い神社として信仰されています。
また、境内には17の末社があり、こちらにも市杵島姫命や少彦名命など、18柱の神様が祀られています。これらの神々を敬う場所として、多くの参拝者が訪れています。
富岡八幡宮は、江戸勧進相撲の発祥地としても名高く、境内には「横綱力士碑」が立っています。この碑は、歴代の横綱を顕彰するもので、高さ3.5メートル、幅3メートル、重さ20トンの堂々たるものです。また、賛同者として伊藤博文や山県有朋、大隈重信といった歴史的な人物の名前も刻まれています。さらに、「大関力士碑」もあり、横綱碑と合わせて相撲ファンの聖地として多くの人々に親しまれています。
「本社一の宮神輿」は、深川八幡祭りなどで登場し、その美しさと壮麗さから「日本一の黄金神輿」と称されています。この神輿は、屋根に金地塗装が施され、台車幅5尺、高さ14尺5寸、重さ4.5トンという巨大なもので、鳳凰の胸にはダイヤ7カラットが使われています。
また、境内裏手には大きなイチョウの木があり、これは「ご神木」として知られ、多くの参拝者が訪れる場所となっています。
2、富岡八幡宮の歴史について
富岡八幡宮の創建は1627年(寛永4年)に遡ります。当初は「永代嶋八幡宮」と呼ばれていましたが、1685年(貞享2年)に「富岡八幡宮」と改められました。
江戸時代には徳川将軍家の庇護を受け、「深川の八幡様」として、長年庶民に親しまれてきました。幕府からも厚く信仰され、将軍の参詣が行われることもあり、庶民からも広く崇敬を集める神社となりました。また、江戸勧進相撲の発祥地としても名高く、相撲興行が定期的に開催されるようになり、現在の大相撲の基盤が築かれるきっかけとなりました。
さらに、江戸時代には富岡八幡宮を中心に門前町(現在の門前仲町)が発展し、多くの商人や職人が集まる賑やかな地域となりました。商業の発展にも寄与し、地域の中心的な存在として繁栄を遂げました。
明治以降も地域の信仰の中心としての役割を果たし続け、戦後の再建を経て、現在の姿に至っています。
3、富岡八幡宮の現代の意義
現代でも富岡八幡宮は多くの参拝者で賑わい、年間を通じてさまざまな行事が行われています。特に8月15日を中心に開催される「深川八幡祭り」は、江戸三大祭の一つに数えられ、東京を代表する伝統的な祭りの一つです。
3年に一度行われる本祭りでは、大小合わせて120基以上の神輿が街を練り歩き、「水掛け祭」として知られています。沿道の観衆が担ぎ手に向かって水を浴びせることで、参拝者と神輿担ぎ手が一体となる迫力ある光景が広がります。神輿文化を今に伝える貴重な祭礼として、多くの観光客も訪れます。
また、富岡八幡宮は応神天皇を主祭神としており、勝負運や出世開運のご利益があるとされています。特にスポーツ選手や経営者が参拝に訪れ、成功を願う姿が見られます。その他、厄除け、事業繁栄、家内安全、安産祈願、学業成就など、多岐にわたるご利益があるため、幅広い層から信仰されています。
さらに、境内には「富岡八幡宮能舞台」があり、伝統芸能の公演が行われることもあります。これは日本の文化を次世代に継承するための場としても機能しており、多くの文化人が訪れる場となっています。
また、地域との結びつきも強く、近隣の商店街や地元住民による支援のもと、定期的に清掃活動やイベントが開催されています。このように、富岡八幡宮は歴史的な神社でありながら、現代においても地域の精神的な拠り所としての役割を果たし続けています。
富岡八幡宮の所在地・アクセス・詳細情報
| 所在地 | 東京都江東区富岡1-20-3 |
| アクセス |
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| 駐車場 | 境内に参拝者用駐車場あり(台数に限りあり) |
| 電話番号 | 03-3642-1315 |
| 参拝時間 | 24時間開放(社務所は9:00~17:00) |
| 公式ウェブサイト | http://www.tomiokahachimangu.or.jp/ |

