太宰府天満宮|福岡県太宰府市

1. 太宰府天満宮の建物について

太宰府天満宮(だざいふてんまんぐう)は、学問の神様として知られる菅原道真公を祀る神社で、全国約12,000社ある天満宮の総本宮とされています。広大な境内には、歴史的価値の高い社殿や美しい庭園が広がり、多くの参拝者を迎えています。

本殿(ほんでん)

現在の本殿は1591年(天正19年)に再建されたもので、桃山時代の優雅な建築様式が特徴です。華やかな檜皮葺(ひわだぶき)の屋根と、赤や金色の装飾が施された壮麗な造りが印象的です。本殿の下には、菅原道真公が眠る墓所があるとされ、太宰府天満宮の最も神聖な場所とされています。

楼門(ろうもん)

本殿へと続く朱塗りの美しい楼門は、太宰府天満宮の象徴的な建物の一つです。両脇には「阿吽(あうん)」の狛犬が鎮座し、参拝者を迎えています。

御神牛(ごしんぎゅう)

境内には、頭を撫でると知恵を授かるとされる「御神牛」の石像が点在しています。これは、菅原道真公が牛と縁が深かったことに由来し、学業成就を願う多くの受験生が撫でていきます。

心字池と太鼓橋

参道の途中には「心」という文字の形をした「心字池(しんじいけ)」があり、3つのアーチ状の「太鼓橋(たいこばし)」が架かっています。これらは過去・現在・未来を表しており、橋を渡ることで心身を清める意味があるとされています。

宝物殿(ほうもつでん)

境内には「菅公歴史館」と呼ばれる宝物殿があり、菅原道真公にまつわる貴重な資料や国宝・重要文化財などが展示されています。

2. 太宰府天満宮の歴史について

太宰府天満宮は、菅原道真公の死後に創建された神社で、1100年以上の歴史を持ちます。

菅原道真公は平安時代の貴族で、学問や政治に優れ、右大臣にまで昇進しました。しかし、政敵の藤原氏によって太宰府に左遷され、延喜3年(903年)にこの地で亡くなりました。道真公の死後、京の都では天変地異が相次ぎ、これを道真公の祟りと恐れた人々が慰霊のために祀るようになりました。

道真公の死後、御遺体を牛車に乗せたところ、牛が突然動かなくなり、その地を墓所と定めたと伝えられています。この場所に道真公を祀る社が建てられ、太宰府天満宮の始まりとなりました。

平安時代から鎌倉時代にかけては貴族や武士に厚く信仰され、室町時代には全国の学者や文化人から崇敬を受けました。江戸時代には徳川家によって社殿が修復され、全国の天満宮の総本宮としての地位を確立しました。

明治時代には官幣大社に指定され、国家的に重要な神社となりました。戦後も学問の神様として受験生を中心に広く信仰され、現在では年間約1,000万人の参拝者が訪れる日本有数の神社となっています。

3. 太宰府天満宮の現代の意義について

太宰府天満宮は、学問の神様・菅原道真公を祀る歴史と格式のある神社で、受験生を中心に多くの参拝者が訪れます。美しい本殿や御神牛、太鼓橋など見どころも多く、梅の名所としても知られています。学問・文化・芸術の守護神として全国の人々から信仰を集めています。特に以下のご利益があるとされています。

学問成就・受験合格

学問の神様として受験生や学生に大変人気があり、全国から合格祈願のために多くの人が訪れます。合格祈願のお守りや絵馬が特に人気です。

厄除け・開運

菅原道真公は、左遷されるという不遇の運命を乗り越え、後に天神様として崇められたことから、人生の困難を乗り越える力を授かるとされています。

文化・芸術の発展

道真公は和歌や漢詩に優れた文化人でもあったため、芸術・文化活動の向上を願う人々にも信仰されています。

縁結び・家内安全

太宰府天満宮には、道真公の家族愛に由来し、家庭円満や良縁を願うご利益もあります。

太宰府天満宮の所在地・アクセス・詳細情報

所在地 福岡県太宰府市宰府4丁目7-1
アクセス
  • 電車
    • 西鉄「太宰府駅」から徒歩約5分
  • バス
    • JR博多駅から太宰府行きバスで約40分
    • 九州自動車道「太宰府IC」または「筑紫野IC」から約15分
駐車場
  • 天満宮専用駐車場(有料)
    • 近隣に民間駐車場も多数あり
電話番号 092-922-8225
参拝時間
  • 本殿:午前6時〜午後7時(季節により変動)
  • 宝物殿:午前9時〜午後4時30分
公式ウェブサイト https://www.dazaifutenmangu.or.jp/

 

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