1. 熊野本宮大社の建物について
熊野本宮大社は、那智勝浦町の熊野那智大社、新宮市の熊野速玉大社とともに熊野三山とされ全国に約4,000社以上ある熊野神社の御本社です。熊野本宮大社は、厳かな雰囲気を持つ神社で、杉木立に囲まれた静寂の中に佇んでいます。現在の社殿は、明治22年の大洪水による被害を受けた後、流出を免れた上四社を移築したものです。檜皮葺の屋根が特徴的な社殿が4棟並び、それぞれ異なる神々を祀っています。
第一殿には、現世を司る夫須美大神(ふすみのみこと)
第二殿には前世を司る速玉大神(はやたまのおおかみ)
第三殿には来世を司る家津御子大神(けつみこのおおかみ)
が祀られています。
また、第四殿には天照大神(十一面観音)が鎮座しています。さらに、拝殿の右側には縁結びの神として知られる八百万の神々が祀られています。
八咫烏(やたがらす)
境内には、日本サッカー協会のシンボルマークとしても知られる八咫烏の姿を探すことができます。八咫烏は、神武天皇を熊野から大和橿原へ導いたとされる神鳥であり、「導きの神」として信仰されています。
大斎原(おおゆのはら)
また、大社の旧社地である「大斎原(おおゆのはら)」には、日本一の大鳥居がそびえ立っています。この鳥居の高さは約34m、幅は約42mにも及び、遠くからでもその威厳ある姿を確認することができます。かつてこの地には、現在の社殿の数倍の規模を誇る社殿が建ち並び、楼門や能舞台、神楽殿なども備わっていました。
2. 熊野本宮大社の歴史について
熊野本宮大社の歴史は古く、崇神天皇65年(紀元前33年)に古代本宮の地に神が降臨したと伝えられています。元々、熊野の神々は自然信仰に根ざしていましたが、奈良時代には仏教と融合し、神と仏を同一視する思想が広まりました。
平安時代には、皇族や貴族の間で熊野詣が盛んになり、浄土への入り口と考えられるようになります。浄土参拝の後、無事に帰還することは「死と再生」を象徴し、この信仰が広がることで多くの人々が熊野へ足を運びました。室町時代に入ると、熊野詣はさらに庶民層にも広がり、身分や性別を問わず多くの人々が訪れるようになりました。その人気ぶりは「蟻の熊野詣」とも称されるほどでした。
明治22年の大洪水により、熊野本宮大社の旧社地であった大斎原の社殿のほとんどが流されました。そのため、流出を免れた上四社の3棟を現在の地に移築し、明治24年に再建されました。
平成23年には、紀伊半島大水害の影響で再び大斎原や瑞鳳殿が大きな被害を受けましたが、平成26年には瑞鳳殿が再建され、現在も多くの参拝者を迎えています。
3. 熊野本宮大社の現代の意義
熊野本宮大社は、単なる歴史的建造物にとどまらず、現代においても「よみがえりの聖地」として多くの人々の信仰を集めています。過去・現在・未来を司る熊野三山の中で、「未来」とつながる存在とされる熊野本宮大社は、人生の節目や新たなスタートを迎える人々にとって特別な意味を持つ場所です。
また、4月13日から15日にかけて行われる例祭では、神々が旧社地である大斎原へ里帰りする神事が執り行われます。この祭典は、農業神事としての側面も持ち、五穀豊穣を祈願する重要な行事となっています。特に「湯登神事」では、湯峰温泉で清められた稚児が神の依り代となり、「熊野古道 大日越え」を経て本宮大社へと向かう姿が見られます。
熊野古道を歩き、熊野本宮大社を訪れることは、過去から現在、そして未来へとつながる精神的な旅でもあります。そのため、現代でも多くの人々が熊野詣を行い、心の浄化や人生の転機に訪れる場所となっています。
熊野本宮大社の所在地・アクセス・詳細情報
| 所在地 | 和歌山県田辺市本宮町本宮1110 |
| アクセス | JR紀伊田辺駅または新宮駅からバスで約1時間半
熊野本宮大社前バス停下車、徒歩すぐ |
| 駐車場 | あり(無料・有料駐車場完備) |
| 電話番号 | 0735-42-0009 |
| 参拝時間 | 6:00~17:00(季節により変動あり) |
| 公式ウェブサイト | https://www.hongutaisha.jp/ |

